相手の立場になってみる? そんなの疲れるからやめるべし。

相手の立場に立って考えてみろ。よく聞く説教ですね。

ぼくは大学生の頃から社会人5年生くらいまでサービス業をしてきたので、嫌というほどこのセリフを耳にしてきました。特に元ホテルの黒服をしていた上司からはそれはもうこっぴどく叩きこまれましたね。サービス業はお客様あってのもの、お客様の立場になって接客をしなければリピートはしてもらえない。

 

でもね、持論を言ってしまうと「相手の立場になることは疲れるだけ」。 残念ながらそこにたどり着いてしまいました。こんなことを言っていいのか分かりませんが、相手の立場に立とうとする人は、そのほとんどが自己満足で終わっているように感じます。

(だってさ、そもそも相手の立場に立つことって本当にできるの?)

おそらく相手の思考に踏み込もうとするのは人間くらいでしょう。人間だけは生物の理論を超越した特異にいるのでしょうか。それにいくら相手の立場といっても、その立場に立っているかどうかはだれが判断できるのでしょう。相手に聞くわけにもいかないし。それこそ履き違えた立場にいることもあるのではないでしょうか。だとすると、相手のためにならなかっただけでなく、自分は疲れるだけ、そう、正にとりこし苦労です。

 

だからさ、真正面から自分がやりたいことをやればいいんじゃないですか?

相手の立場とかそういう美辞麗句に逃げるのではなくて、得体の知れない相手の気持ちを汲み取るのではなくて、自分がやってあげたいと思うことをやる。その結果が間違いだと気づいたら素直に直してゆく。

そうやって自分の主張に抗っていくほうがよっぽど有意義だと思うのですが、どうでしょう?