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出る杭は打たれるけど・・・

上野で開催されている大英博物館展に行ってきました。(以前のブログでピルトダウン人のことを書きました)

 

その貴重な出展作品の中には、「種の起源」の自筆原稿もあります。

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種の起源」といえば、みなさんご存じダーウィンの「進化論」です。その進化というものはどのように発見されたのでしょうか。

 

1831年ダーウィンはイギリスの測量船ビーグル号で世界一周航海に出ます。その航海の途中で立ち寄ったガラパゴス諸島で進化の着想を得ることになります。

それは同じ種であっても違いがあるということ。

ゾウガメの甲羅の形が島ごとによって違っていたり、陸で生息するイグアナは顎が発達しているのに対し、水辺に生息するイグアナは爪が鋭くなっている。フィンチという鳥にはくちばしの形に様々なバリエーションがある。そうです、生息する環境によって違いがあることを発見したのです。

「進化論」の概念に自然選択説自然淘汰説)というのがあります。

同じ生物がいるとそこでは生存競争が起きます。生存するためには繁殖に有利な性質を持つ個体がより多くの子孫を残し、その性質も多くの子孫に伝えることができます。不利な性質を持った個体はもちろん少なくなっていきます。
このように適応力の差によって自然環境がふるい分けをすることから選択とか淘汰という言い方をするようですね。

 

ぼくたちからしたら「それはそうだよね」で片付く内容でしょう。
しかしこの当時において、種の起源は社会思想をもひっくり返す内容だったのです。

キリスト教徒にとって、生物は神が作ったとする概念が大前提にありました。神の存在はその名の通り神々しく神聖でしかありません。その神が生物を創造してくれているとずっと信じてきたのです。

ですので、人間はサルから進化したんですよ。と言われたところで簡単に受け入れることなんてできません。これまで信じてきたことを否定され、ましてやその神ももとはただのサルだと?もちろんキリスト教徒からは完全に拒絶されました。

こうやって様々な論争が巻き起こり、進化論が認められるまでには100年以上かかったといわれています。

 

こういった宗教界隈からの反論は当然に予想できたでしょう。弾圧もあったかもしれません。ダーウィンはどのような思いで進化論を世に打ち明けようとしたのでしょうか。

そこにはきっと真実は明らかにしなければならないという強い信念があったに違いありません。今も昔も出る杭は打たれるものです。しかし飛び出さなければ何も始まりません。思考停止が続くだけです。

 

自分の信念を曲げずに飛び出るからこそ、そこに発展はあるのではないでしょうか。