刑法から消された条文

刑法200条、尊属殺をご存じでしょうか。法学部に通った方や法律を勉強した方でないと、聞いたこともない言葉かもしれませんね。ぼくは大学の講義で知りました。

尊属殺、それは直系尊属を殺すことです。あってほしくないですが親殺しもそうなります。少し前までは尊属殺は重罪であり、通常の殺人罪(刑法199条)が5年以上の懲役から無期懲役、死刑とされるのに対し、尊属殺は無期懲役か死刑のどちらかでした。そう、究極の刑だったのです。

その当時、親は当然に敬うものであり、親は子供を厳しくも可愛がるものという、まったくもって根拠に欠ける性善説が前提にありました。

 

しかし、ある事件をきっかけに200条は消されることになります。

 この事件は常軌を逸していたため、当時は報道も抑制されました。ぼくは大学の講義中、正直気分が悪くなったことを覚えています。
(そういうのが苦手な方はここで読むのをやめましょう)

 

 

 A子は両親と栃木県に住んでいました。子沢山の大家族、はたから見れば幸せな家族だったでしょう。しかし、A子が14歳の時に父親に性的な暴行を受けてしまいます。近親相姦というやつです。
しかもそれは繰り返し行われました。A子は一年経ってようやく母親に打ち明けましたが、父親は刃物を出して脅迫をし、四の五の言わせない状態にさせました。

その後も暴行は収まらず、ついには実の父親の子どもをA子は産むはめになります。その父娘は事実上の夫婦状態になり、その後も子どもを何人も産ませました。A子は5度の出産と、5度の中絶を経験します。

そんな絶望の淵にいるA子にも転機が訪れます。恋人ができたのです。
結婚をすればこの境遇からやっと抜け出せるかもしれない。そんな淡い期待が膨らみました。しかし、それは最悪の始まりでした。

恋人ができたことを知った父親は怒り狂い、A子を昼夜監禁状態にし暴力はさらにエスカレートしました。

A子に残された道は一つしかありません。自由になるためには父親を殺すしかないと。そして、とうとうその時はやってきます。父親から「お前が出ていくのなら子供は始末してやるぞ」この罵声を浴びた瞬間に、父親の首を紐で絞めました。この時なぜか父親は抵抗をしなかったそうです。父親を絶命させ、A子は自首をしました。

 

 

かくして裁判が始まります。弁護を担当したのは大貫大八弁護士、無報酬で引き受けました。そこでは心神耗弱を理由に刑の免除を主張しました。

しかし二審の高裁では一転して尊属殺は合憲。実刑が言い渡されます。

そして上告。大貫大八弁護士はガンで入院し、その息子の正一が無報酬で引き継ぎました。最高裁ではとうとう尊属という概念は揺らぎ、憲法14条法の下の平等に反するとされ200条尊属殺は違憲となりました。

A子にも執行猶予がつき無事釈放となります。この時A子は34歳、遅すぎる自由でした。

 

なんと凄まじい物語なのでしょうか。思わず目をつぶりたくなる、耳を塞ぎたくなります。でもこれは現実に起きたことなのです。現実ですよ。

 

法の下で生きる以上、その法を理解するためには、知りたくないことも知らなければならないとぼくは考えています。