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3.11の、あるお話

東北大震災から6年が経ちました。みなさんはどのようにこの地震を経験したでしょうか。

ぼくはこの時、職場(新宿の少し古いビル)で仕事をしていました。
たしか4階にいたと思います。ミシミシ、ガタガタと揺れがどんどん大きくなっていき、これまで感じたことのない、普通じゃない感覚に陥りました。

上司から「バイトを見てこい!」と一声。下の3階ではアルバイト数十名が作業をしています。ぼくは全速力で階段を降りました。3階のドアを開けると、あれ、誰もいない。いやいや、全員机の下に潜って声にならない悲鳴を上げていました。

その後すぐに会社を出て新宿の高層ビル街を眺めると、ビル同士がゆっくり揺れ合っているのが印象的でした。

 

ぼくの母方のおばあちゃんは娘家族と一緒に宮城県亘理郡(海の近く)に住んでいました。みんな無事にでなりよりでしたが、津波ですべてを流されてしまいました。

これは母から聞いた話です。地震直後の津波が来る前にみんなで非難しましたが、犬をおいてきてしまったと従弟は家に戻ったそうです。家に着いたのとほぼ同じタイミングで津波が押し寄せ、そのまま流されてしまいました。

たとえ流されたとしても泳ぐことができれば、なんとかなるんじゃないかと思うかもしれませんね。ぼくはそう思っていました。

今度はぼくの姉の旦那さん(消防士として応援にいった)が言っていたことですが、津波は様々な物を流します。木とかゴミとか、建物の一部とか。
泳ぎながらそういう物体にぶつかるとパニック状態になるそうです。そりゃそうですよね、何かを避けながら泳ぐことなんてそうありません。
それで溺れてしまう方が多かったそうです。なんとか泳ぎ切って生還した人の身体にはおびただしい数の傷があったとも言っていました。

 

話を戻すと、従弟はなんとか無事に生還しました。もちろん服とかはぼろぼろで傷だらけ、でもその胸にはしっかり犬を抱えていたそうです。

実はこの従弟はいわゆるニートでした。でもこの経験から「自分は一度は死んだ身、だからなんでもできる」と、新聞配達のアルバイトを始めたそうです。今はどうしているかわかりませんが、きっと一生懸命働いていると思います。

 

 年末に実家の仙台に帰省すると、まだまだこういった震災の話を聞きます。テレビやラジオでも頻繁に流れています。東京との温度差を少し感じますね。