世代の違う人の背景を気にしてみる

地元の友達にイエモンの熱狂的ファンがいます。その友達とは高校からの馴染みですが、いまだに会話の中にはイエモンが現れます。本当に好きなんだな。

「いえもん」と聞いたらみなさんは何を思い浮かべますか?もちろん日本のロックバンド「THE YELLOW MONKEY」ですよね。いやいやお茶の「伊右衛門」だ。という方もいるかもしれません。

これもひとつのジェネレーションギャップというやつでしょうか。単語ひとつとっても世代によって違いが生まれます。

最近こんな出来事がありました。渋谷のラーメン屋にいった時のこと、(この店は厨房を囲むように席が連なってあり、店員が調理をしている姿が見えます)新人と思われる男性がベテランっぽい方に何度も怒鳴られていました。そういうのは裏でやってくれ、と思いながら麺をすすっていると、その人はついに泣き出してしまいました。新人といえども列記とした男です。
情けないなぁ、と思うかもしれませんが、若い人たちってぼくたちより怒られずに育ってきたはずなんですよね。ぼくが中学生のとき、掃除をさぼったら先生に本気でぶん殴られたことを今でも覚えています。今そんなことをしたらPTAと親が黙っちゃいないでしょう。

厨房は客席に囲まれているので新人の泣き顔は全員の視線にさらされています。かわいそうに、これで強くなれば万々歳ですが、たかがアルバイト経験で心に傷は作りたくなかったでしょう。

世代の違う人には自分が常識だと信じてきたことが意外にも通用しないことがあります。ゆとり世代なんてことばもありますよね。別に本人たちが望んだわけではないけど、そういうのを押し付けれられて育った人もいるのです。ぼくたち世代とは考え方が違っていて当然なのではないでしょうか。
だから面倒ではあるけれど、その人が生きた時代にマッチするやり方にぼくたちは工夫しなければならないと考えています。

同じ感覚で物事を考えてしまうと、お互いにとって痛い目をみることになりますからね。