壊すくらいの厳しさは、ただの異常な行動だと思う

どうにもこうにも厳しくて正しい人っていますよね。ぼくの社会人生活では3人いました。そして2人に精神を砕かれて「うつ」になりました。病院にも通い、薬も処方されたことがあります。

こういう厳しい人ってそれなりに仕事ができたり、役職を持っている方なんですよね。だからこの人から発せられることばは「正しい」と錯覚してしまう。そうすると「自分はダメだ」「まだまだ勉強が足りない」「こうやって叱られることは自分を思ってくれてのことだ」など、ごちゃごちゃ考えた結果、少しずつ心にひずみができていきます。

ぼくはこういう状態に陥りましたが、ある同僚と話しをしたときに考え方が変わりました。その同僚が言ったこと、「あの人はちょっとやり過ぎだよね、他にも犠牲者がたくさんいるらしいよ」と。思い返すと確かに仕事はできるけど、あまりいい噂は聞かないような気がしました。いや、むしろ悪い噂の方が多かったかもしれません。

それに気づいたとき、ぼくがダメすぎるのではなく、相手が少し異常なんだと思うことができました。いくら仕事ができたって、人財とまでいう部下を壊すようなことをするのはおかしいのではないか、採用するためにいったいいくらかかったと思っているのか、それを壊すのは会社としてもただの自滅行為じゃないかと。

ある種の開き直りかもしれませんが、人を壊すような人間はけっして正しくもないし、仕事ができる人間でもないはずです。真っ当な人間は真っ当であるほど異常者におかしくされるわけです。