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破産するような会社では働きたくないか

旅行会社のてるみくらぶが破産したニュースが話題ですね。新聞広告費がかさんだとの理由で151億円の負債に陥りました。

 

ぼくが20代の頃グアムに行ったことがあるのですが、確かてるみくらぶでした。それでニュースを見て「はっ」と思ったわけです。

利用客からはお金を払ったのにチケットが発券されない、現地に行ったらホテルが取れていない、家族分合わせて100万円払ったのに返金されないなど、大変な騒ぎとなっています。ギリギリまで破産開始をしなかったこともあり、その被害者は数万人にも及ぶようです。

「詐欺だ」「計画倒産だ」などなど言われたい放題。うむ、こう言われても仕方がないでしょう。刑事訴訟にもなるかもしれませんね。

 

でもね、これが会社が潰れるってことなのだよ。

 

債権者が法人ではなく一般人に多いということだけでなんら普通の破産と変わりません。破産をして債権者がゼロということはほとんどあり得ないことですから。

 

破産開始となると、破産管財人(弁護士)が入り、社長の権限はなくなります。あとは管財人が債権者の対応をすることになりますが、そもそも負債過多となったから破産するので、お金もないんですけどね。
※今回の件は日本旅行協会と協議しているようですので、少しでも返金されることを祈るばかりです。

 

そういうぼくは労働者としてこれまで2社破産を経験しています。
前社もそのひとつです。その会社では仕事柄M&A事業のお手伝いもしていたこともあり、潰れてしまう会社をたくさん見てきました。

年間どれくらいの会社が倒産してるかって?

商工リサーチの調べでは2016年は8,446件もの破産がありました。と、言ってもよくわからない数字ですよね、例年に比べれば低水準だそうです。まあ、ほんの少しだけ景気は上がっているのでしょう。

 

だれでも破産するような会社に勤めたくないと思うでしょうね。
ぼく自身経験し、無職になるのではないかと、あのもやもやした気持ちはできるなら味わいたくはありません。

それでもその会社で働けたこと、勉強できたとはぼくの人生の中でとても貴重な経験だと思っています。大きな企業ほど安定しているのかもしれませんが、だからなんですか?

セクションが細かく分かれていて業務の幅が狭かったり、声を上げてもなかなか上層部まで届かなかったり、あぐらをかいて冒険しようとしない大企業なんていくらでもあります。

てるみくらぶにしても経営判断に誤りがあったと言わざるを得ませんが、この会社で仕事の楽しさを知った方もいるはずです。

どんな会社であれ、自分がどうあるべきかなんですよね。

 

壁があると乗り越えたくなる(いや、脱獄したくなる)

白鳥由栄(しらとりよしえ)をご存じでしょうか。ってぼくは百田尚樹さんの本を読んで知りました。

白鳥は「昭和の脱獄王」として一世を風靡した人です。脱獄しておいて風靡というのはどうしたものかと思うかもしれませんが、その脱獄におけるあざやかな手口(人に怪我を負わせることはしていない)には息をのみます。

 

最初に服役したのは青森刑務所です。看守の目を盗んで針金を拾い、それを常に隠し持っていました。白鳥は独房の小窓から手を出せば鍵穴に手が届くことを確認し、風呂上りの皮膚がやわらかくなった指で鍵穴に押しつけて型を写したそうです。さらには独房だけでなく、裏門にも合うように合鍵を作り見事脱獄しました。そう、針金一本でやってのけたのです。

 

次は秋田刑務所。独房の天窓には鉄格子がはめられていましたがそこに目を付けました(鉄格子が少し腐っていた)。天窓なので高いところにあります。白鳥は壁の角に立って、手と足で踏ん張りよじ登りました。
ブリキ版や腐った釘から即席のノコギリを作り、夜中に行われる看守の交代時間の10分間を狙って毎日少しづつ天窓の鉄格子を切り続けました。※ノコギリは両手を使うので足だけで踏ん張って切っていたことになりますね、すごい力です。

 

そして網走刑務所。これだけの脱獄犯です、ついには手と足に常に手錠・足枷をかけられてしまいました。人間としての扱いもされません。しかしそこに闘志を燃やすのが白鳥。今度は監視口に目を付けます。(監視口と言ってももちろん鉄格子はあるし、監視用なのでその幅は狭い)
白鳥はその鉄格子を毎日根気よく揺らし続けます。味噌汁を吹きかけて腐食させて外したという話もあります。そして肩の関節を外し狭い小窓から脱出するのです。難攻不落の網走刑務所ではじめて非常ベルが鳴った瞬間でした。

 

最後が札幌刑務所。刑務所員としてもこれ以上のメンツを失うわけにはいきません。看守4人1組で24時間の厳重監視を行います。しかしこれが白鳥にさらなる火をつけます。
逃げ道として残されたのは地面しかありませんでした。白鳥は洗面用の桶の鉄タガを引きちぎり、取調室からドアの釘を抜き取ります。監視の目を欺きながらまたもやお手製のノコギリを作ってしまいます。そうやって地道に床板を切り、あとは食器で穴を掘り進め脱獄に成功します。

「人間が作ったものは、人間に壊せないわけがない」これが白鳥の哲学だそうです。

 

その後は府中刑務所に服役しましたが、そこでは普通の囚人と同じように扱われました。手錠もかけられていません。白鳥からしたらいつでも脱獄し放題になったわけです。しかしながらそこでは一度も脱獄せずに刑期を終えて仮出所しています。

乗り越えたいという壁がないのであれば、闘志もわかなかったのかもしれませんね。

 

 

壁にぶち当たったり、ライバルができたりすると、「乗り越えたい」「勝ちたい」と思うのが人の心理でしょうか。それをクリアしたときの何物にも代えられない達成感や、成長できたという実感、それを味わいたいが故に人は成長しようとするのかもしれません。

 闘志に火がともる目の前の「壁」。みなさんにはありますか?

 

欅坂46。意思を貫くこと

去年の4月に鮮烈なデビューを飾った欅坂46の勢いがハンパないですね。
デビューシングルの「サイレントマジョリティ」の売上枚数は50万枚を超え、YouTubeの再生回数はこのブログを書いている時点で、なんと52,322,708ヒットです。

※ちなみにサイレントマジョリティというのは「物言わぬ多数派」「静かな多数派」という意味で、積極的な発言行為はしないけど、それが多数派という勢力のことです。
これはアメリカのニクソン大統領が、当時ベトナム戦争を反対する一部の学生運動に対して、声には上げていないけど大多数の国民はベトナム戦争を反対していない。ということを表現するためにこの言葉を使いました。

 

少し話がそれましたが、欅坂46の新曲「不協和音」がYouTubeにアップされました。
笑わないアイドル再来と言わんばかりに切実な曲調と髪の毛一本まで神経が通っているようなキレのあるダンスが、中毒にさせてくれます。

 

そしてなんといっても歌詞が強烈。少し抜粋してみます。

 

僕はYesと言わない
首を縦に振らない
周りの誰もが頷いたとしても
僕はYesと言わない
絶対沈黙しない
最後の最後まで抵抗し続ける

・・・

不協和音を僕は恐れたりしない
嫌われたって
僕には僕の正義があるんだ
殴ればいいさ
一度妥協したら死んだも同然
支配したいなら
僕を倒してから行けよ!

・・・
君はYesと言うのか
軍門に下るのか
理不尽な事とわかっているだろう
君はYesと言うのか
プライドさえも捨てるか
反論する事に何を怯えるんだ

・・・

不協和音で既成概念を壊せ
みんな揃って
同じ意見だけではおかしいだろう
意志を貫け
ここで主張曲げたら生きてる価値ない
欺きたいなら
僕を抹殺してから行け!

 

言わんとすることろは、「周りに流されず、自分の意見や主張をしっかり持て、それを貫き通せ」ということでしょうか。今の日本人にはとても重要なメッセージに感じます。

自分本位(敢えて本位とします)な主張って忌み嫌われる風潮ってありませんか?
それでもね、自分の考えを持つこと、発信することってやっぱり必要だと思います。

だってさ、そうじゃないとみんな一緒になっちゃうからね。そんな世の中つまらないじゃないですか。

 

「ガ島」の戦いを知っているか

昭和16年に開戦した太平洋戦争。この戦争を経験したという方は80歳は超えているでしょうか。太平洋戦争と一口で言っても、そこには様々な攻防戦がありました。

 

その一つに真珠湾攻撃があります。これは有名ですよね。いまだ真相がはっきりしませんが宣戦布告の伝達ミスなどが重なり、「だまし討ち」の汚名を日本は着せられてしまいました。

そして敗戦へのターニングポイントとなったミッドウェー海戦日本海軍の暗号が解読されていたことにより、アメリカ軍に作戦が筒抜けになっていました。戦いにおいては、戦闘機に積む爆装と雷装の兵装転換に手間取ったことも起因し、空母4隻を失うという甚大な被害を出しました。
※爆装は戦闘機から爆弾を投下しますが、それでは戦艦に与えるダメージも命中率も悪く、致命傷を与えずらいのです。魚雷は船の側面に穴をあけますから、そこから浸水して沈没を狙えます。この魚雷への転換をするために時間を費やし、そのロスタイムが仇となりました。

 

さらには「ガダルカナル島の戦い
この戦争はよく知らないという方も多いのではないでしょうか。ガダルカナル島がどこにあるかって?日本から6,000キロも離れたソロモン諸島です。

ミッドウェー海戦で惨敗した日本軍は米豪分断作戦に参加しており、是が非でも制空権を確保しなければなりませんでした。よってガダルカナル島に密かに飛行場を建設していたのです。
しかしながらアメリカ諜報員に敢え無く察知され、奇襲を受けてあっさり奪われてしまいます。(なんというか、アメリカ軍のために飛行場を作っていたような形となってしまったのです)

重要な航空拠点のため、もちろん奪回が必要です。
しかし日本軍はこの時、まだ驕りがありました。(たしかにこの時点で日本は勝ち戦が多かった)自分たちは最強の戦士だと思っていたのでしょう。奪回のための精鋭部隊は一木(いちき)大佐の率いる隊、たったの900人です。対するアメリカ軍は1万もの兵士です。きっとろくな索敵も行わなかったのでしょう。多勢に無勢とはこのこと、その内の800人が戦死しました。

それからも日本軍はガ島に次々兵士を送りますが、食料はほとんど持たされていません。ここにも日本の驕りがあります。食料とかは現地で奪えば済むこと。そういう楽観的思考だったのです。

こうやって兵士を投入するもアメリカ軍の圧倒的な火力に太刀打ちできず、戦況は一向に良くなりません。ということは、もちろん食料も奪えていません。食料の輸送もうまくいかず、そうやってジャングルの中での飢えが始まるのです。

「ガ島」そうそれは、「飢島」になりました。

最終的に投入された日本兵は約3万人。そのうち2万人が戦死しましたが、1万5千人が飢えや病気で死んだと言われています。

もはや日本軍は撤退するしかありませんでした。

 

たった75年前にはこんな戦争が行われていたのです。とてもじゃないけど信じられないですよね。平和しか知らないぼく達は幸せな反面、平和ボケしていると言えるのかもしれません。

 

間違いまくればいい、それでダメなら箱を代えればいい

ぼくはよく間違います。その原因はだいたいわかっています。

引き継がれたばかりの仕事はマニュアル通りにやったとしても、どこか不安が残るものです。そんな一抹の不安があるなら前任に事細かに確認るべきでしょう。これはぼくの悪い癖ですが、そういうのは「えい!やー!」で自分なりにやってしまうのです。

そんなんだから間違える。これはものすごくダメなことですね(認めます)

でもね、間違えたことはその印象を記憶に残し、経験として積むことができます。そうやって次は間違えないようにするための一手を打つことができるのです。

普通にできたことって記憶に残らないじゃないですか。間違えたこととそうでないこと、どちらを思い出せますか?きっと間違えたことのほうが印象に残っているはずです。

つまるところ人は間違えないと本当の意味で理解しないのではないでしょうか。すごく勝手な意見かもしれませんが、ぼくはそう思っています。

 

しかしながら、そのミスが致命傷となり信頼を失ったり、自分の居場所を危うくすることがあるかもしれません。それでは元も子もないと思われるかもしれませんが、それはそれでいいじゃないですか。さいあく会社を代えればいいだけのことです。

会社なんてただの箱なんですよ。居づらくなったら、合わなくなったら、別の会社に移ればいい。周りを見てください、見渡す限り会社しかないじゃないですか。自分に合う箱(会社)なんていくらでもあるはずです。

ちょっとオーバーなことを言ってしまいましたが、そのくらいの気持ちで何でも取り組めばいいと言いたかっただけです。

 

失敗を恐れていては何もできません。ましてや失敗をしてとって食われることもありません。


むしろ失敗をしていきましょうよ!

 

3.11の、あるお話

東北大震災から6年が経ちました。みなさんはどのようにこの地震を経験したでしょうか。

ぼくはこの時、職場(新宿の少し古いビル)で仕事をしていました。
たしか4階にいたと思います。ミシミシ、ガタガタと揺れがどんどん大きくなっていき、これまで感じたことのない、普通じゃない感覚に陥りました。

上司から「バイトを見てこい!」と一声。下の3階ではアルバイト数十名が作業をしています。ぼくは全速力で階段を降りました。3階のドアを開けると、あれ、誰もいない。いやいや、全員机の下に潜って声にならない悲鳴を上げていました。

その後すぐに会社を出て新宿の高層ビル街を眺めると、ビル同士がゆっくり揺れ合っているのが印象的でした。

 

ぼくの母方のおばあちゃんは娘家族と一緒に宮城県亘理郡(海の近く)に住んでいました。みんな無事にでなりよりでしたが、津波ですべてを流されてしまいました。

これは母から聞いた話です。地震直後の津波が来る前にみんなで非難しましたが、犬をおいてきてしまったと従弟は家に戻ったそうです。家に着いたのとほぼ同じタイミングで津波が押し寄せ、そのまま流されてしまいました。

たとえ流されたとしても泳ぐことができれば、なんとかなるんじゃないかと思うかもしれませんね。ぼくはそう思っていました。

今度はぼくの姉の旦那さん(消防士として応援にいった)が言っていたことですが、津波は様々な物を流します。木とかゴミとか、建物の一部とか。
泳ぎながらそういう物体にぶつかるとパニック状態になるそうです。そりゃそうですよね、何かを避けながら泳ぐことなんてそうありません。
それで溺れてしまう方が多かったそうです。なんとか泳ぎ切って生還した人の身体にはおびただしい数の傷があったとも言っていました。

 

話を戻すと、従弟はなんとか無事に生還しました。もちろん服とかはぼろぼろで傷だらけ、でもその胸にはしっかり犬を抱えていたそうです。

実はこの従弟はいわゆるニートでした。でもこの経験から「自分は一度は死んだ身、だからなんでもできる」と、新聞配達のアルバイトを始めたそうです。今はどうしているかわかりませんが、きっと一生懸命働いていると思います。

 

 年末に実家の仙台に帰省すると、まだまだこういった震災の話を聞きます。テレビやラジオでも頻繁に流れています。東京との温度差を少し感じますね。

 

18金、24金の違いがわかるか

これまで一人でお昼をとることが多かったのですが、最近は職場の方々(お姉さま方)と行く機会が増えました。というか、いろいろな話が聞ける貴重な場となっています。

先日はひょんなことから金(かねではなく、きんのほう)の話題が上がりました。
※ネックレスをつけている人がいて「それは18金ですか?」みたい他愛もない話です。

 

なぜか僕は興味津々になっていました。

そのネックレスにはK18と見えないところに刻まれていました。このKというは金だと思っていたのですが、カラットという単位らしいです。さらに12金や24金というのもあるとのこと。

ネットで調べてみると、K1で4.17%の純金の含有率だそうです。よって、24金はほぼ純金ということになります。しかしながら、やわらかく型崩れをしやすいと書かれていました(金属なのに、ましてや金なのにやわらかいという表現が少し不思議でした)
でもそこは純金。純度が高い分腐敗しにくいため無論価値も高く、コインなどの資産価値を目的としたものに使われるようです。

 

一方18金は75%は純金で、あとの25%は銀や銅を混ぜ合わせます。そうすることによって24金よりも熱や衝撃への強度が増すのです。よってネックレスなど身に着けるものは18金が多く使われるというわけなんですね。

 

そんなことを調べていたら、百田尚樹さん(永遠のゼロを書いたひと)の本に金のことが書かれていたことを思い出しました。

その昔はこの金の違いを見分けるのには一苦労があったようです。
そりゃあ、今みたいに機械があるわけでもなく、見た目じゃわからないからね。

 

アルキメデスはある王様に王冠が純金かどうか調べてほしいと依頼をされたそうです。その証明をするためにアルキメデスは比重を用いました。容器いっぱいに入れた水の中に、同じ重さの物体沈めると比重の重いものほど溢れる水の量が少ないことを発見しました。そうやって純金がどうかを証明したのです。(結果は残念ながら純金ではなかったようです)

 

つらつら書いてしまいましたが、知らないことを知るって楽しいですね。