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自由度が高いと使いづらい

これまで様々な会社でシステム(給与計算システムや勤怠システム、営業支援システムなど)を管理業務で操作してきました。

これはあくまでその中での統計ですが、自由にカスタマイズできるシステムほど操作は難しく、そして最後には廃れていくような気がします。

ぼくはOBCの奉行シリーズを長く使ってきました。このシステムは基盤そのものを自社で改修をかけることができません。その代わりに機能はたくさんついているので、「その範囲でつかってね」といった感じです。

このある程度の範囲がちょうどいいと思っています。汎用性が高いことは確かにメリットですが、どんなイレギュラー仕様にも対応できるという心理が働いてしまうからか、どんどん機能を拡張することとなり、ついには際限すらなくなります。

逆にやれることの範囲が決まっていれば、イレギュラーな要望があってもその範囲に無理やりセッティングしなければなりません。これは一見不便にも感じますが、この削り取る作業により複雑化を回避することになるのです。

自由度は上げずぎないけど、制限はしすぎない。この絶妙なバランスを制したシステムが勝ち抜いていくのだと思います。

 

より日本人で良かったと感じる方法。それは大海を知ること。

(前にも少し書きましたが)ぼくの友達がイタリア留学をしたいと会社に懇願しましたが、規定にもないと休職を上司に反対されていました。

そうして、とうとう、とうとう、「だったら辞めます」と言って決断に踏み切ったそうです。

(いや~、よくやった。尊敬に値するよ)

会社を辞めて単身留学するなんて、なかなかできることではありませんよね。

 

話はまったくもって変わるのですが、日本人のパスポート保有率、それはたったの24%だそうです。年末にすごい混雑した国際線の中継を見ますが、それはごく一部の人たちなのでしょうね。

そういうぼくはというと、3ヵ国に行ったことがあります。(どれも旅行ですけど)
そこで思ったこと、それはやっぱり日本は最高の国であるということです。清潔だし、美味しいものはたくさんあるし、人は親切だし。

これは他の国に行ったからこそ比べることができるのだと思います。(フランスは、ちょっと外れにいけば黒人だらけで恐いし、店員の無視なんて当たり前。アメリカ圏はチップが面倒ですね)

 

日本人であることがとてつもない幸運であるのに、井の中の蛙でいるとそれを普通だと思ってしまう。それはある意味損をしていることになるのではないでしょうか。

他人の意見ほど重要なものはない。しっかり心に刻むべし

人の意見ってつくづく大切だなぁと思います。

最近、上司との折合いがうまくいかないことが多く少し戸惑っていました。
そこで先輩に相談というか愚痴を吐いていたところ、こんなアドバイスをいただきました。

「嫌ってばかりいてもしょうがないよ、上司はその上に繋がる正規ルートなんだから、味方につけなくてはダメ」と。

そういえば昔読んだ本に全く同じことが書かれていたことを思い出しました。
ああ、確かにそうだ。このままの状態では何も解決しない。そのアドバイスがきっかけで自分の考えを方向転換することができました。それどころか、味方になってもらおうと考えると、不思議と上司のいいところも見えてきたくらいです。

この意見がなければ未だにイライラ、モヤモヤが続いていたことでしょうね。

自分の考え方には限界があります。色眼鏡なんて言葉を使うこともありますが、人はその人生で培っただけ世間を見ています。というか、みんな見たいものだけをみてここまできているはずです。

だからこそ、自分の中には存在しない意見は重要に感じます。最初は反発や拒否したくなるかもしれませんが、その気持ちをグッとこらえて受け入れてみるのです。

そうやって別の色を入れることによって新しい見方ができるのだと思います。

  

どうしようもないのならバッサリいく。最初は痛いけど、きっと以前より良くなる

昨日は致し方なくメスを入れました。
属人化してしまい、ブラックボックスとなった業務にです。改善というよりは根本を大きく変える仕組みを、ある意味強制的に推し進めることにしました。
その業務を担当する方には細心の注意を払って説明をしたつもりではありますが、これまでのやり方を否定された気持ちとなり、打ちひしがれたかもしれません。

否定なんてそんなつもりはないのですが、本当に申し訳ない。

 

メスを入れるという表現、どちらかと言うと悪い意味で使うことが多いのかもしれませんね。その意味するところは、良くない状態に陥ってしまいどうしようもないから強行手段を用いて改善する。そんなところでしょうか。

でもね、病気もそうですけど手術によって回復をすることができます。
手術の後はまだ痛みがあるでしょうが、その痛みは少しずつ和らぎ以前より良くなったと感じる時がくるはずです。そうなることを信じています。(それを信じていないとできないんですけどね)

 

どうしようもない時はバッサリいくしかないのです。ちまちま変えていこうとしても変わらないからね。大事なのは、その後のケアをしっかりやることだと思います。

 

 

世間は狭いから、声も聞こえてくる

ぼくが働いている会社は19階にあります。
先週帰りの際のこと、考え事をしていたら、誤って上行きのエレベータに乗ってしまいました。はっ、と気づいて20階で降り、そそくさ下りエレベーターに乗り込みました。19階で停止すると、二人の男性が乗ってきました。部署は違いますが、たしか自社の偉い人たち。むこうからしたら僕は上の階にいる別会社の人だと思われたことでしょう。

そこで聞こえてくる二人の会話、
「あの部署は毎日遅いですね」
「もうこんな時間だぞ、キ〇ガイだな」

その後も醜悪な会話は続きました。

冗談交じりであったにせよ驚愕でしたね、世の中そんなもん。そうわかっているけれど耳を塞ぎたくなる出来事です。もしこれが新入社員だったらと思うと・・・

 

ぼくも以前はイライラしている時などに汚い言葉を使ってしまうことがありました。(このクソヤロー、とかね)そんな発言に見かねた部下に、そういう言葉を使ってほしくないと怒られたことがあります。部下にとっては上司の言葉はその上司が思っている以上に重く捉えることもあるし、冗談でも言ってはいけない言葉だってあるのです。

さらに言えば、上に行けば行くほどその重みや影響力は高くなっていくものです。それを認識しないで自分が言いたいことを声に出しているとどうなるか。
信頼は薄れ、部下からは白い目で見られることでしょう。

 

要は上の立場にいる人はそういったところまで気を使わなければならないのです。壁に耳あり障子に目ありとは言ったものですね、どこで誰が聞き耳を立てているかわかりません。

どこであっても自分の近くには自分を知っている人が必ずいる。そのくらいの気持ちでいたほうがいいと思います。

そう、世間は狭いのです。(東京はとくにせまい)

自立することは自然の摂理だと思う

ぼくは社会人になったとき実家を出ました。親からはそう教えられたし、それが当然のことだと思っていました。

社会人になっても実家暮らしの人はけっこういますよね。親の介護やどうしても出られない特別な事情があるなら仕方ありませんが、それ以外で実家にいることはどういうことなのでしょう。

なんで実家なの?という質問に対して、「お金をためるため」「会社に近いから」「メリットがない」と平気で言う。

それでいいのでしょうか?

ぼくの認識が極端なのかもしれませんが、自立することは至極当然、自然の摂理でしかないのです。自立しない野生動物がいますか?たぶんいないでしょう。人間だけ特別というのもおかしな話です。

首都圏ともなるとたしかに物価は高いです。とくに家賃はお金をドブに捨てているようなものですから。でもね、それが生きるってことではないかと。給与が低いのであれば、我慢してそれなりの部屋を借りるしかないのですよ。

親も悪いのかもしれません。子育てはなんのためにしてきたのでしょう。子供が自立するためじゃないのですか。子供が近くにいることを良しとすることは、親も自立できていないことになりませんか?

それこそ野生動物は蹴とばしてでも子供を自立させようとしますからね、その動物から見たら人間様は笑いものになってしまいます。

 

社会人になったら自分の足で立つ。誰かに寄りかかろうとするのはその後のことだと思います。

即時罰則ということはないけど、労基法は守りましょう

先日、ぼくの知人が車のスピード違反をしてしまい罰則金を支払うはめになりました。(約50kmオーバーの違反で8万円とか言ってたかな)
このように道路交通法では、違反すると即時罰則となりますね。

では、労働基準法はどうなのでしょう。

いちばん分かりやすいのは残業でしょうか。労基法では1日8時間週40時間以上の労働は禁止しているため、残業をするためには36協定という労使間の協定が必要です。あくまで時間外の勤務は罰則対象であるところ、その罰を免責できる仕組みとなっています。

残業ができるといってももちろん青天井ではなく、残業は月40時間までとか、繁忙期については年6回まで80時間とする等、その制限を決めます。

ときどき従業員から質問を受けます。
「今月の勤怠が36協定の範囲を超えてしまいます。どうしたらいいでしょう」と。

たしかに36協定の範囲を超えてしまえば、それは労基法違反であり、罰則は6ヵ月以下の懲役、または30万円以下の罰金が上司や使用者へ課せられることになります。
しかしながら、労基法は道路交通法などとは違い、即時に罰則とすることは稀なケースなのです。
それはいわゆる是正勧告がほとんどだからです。確かに違反はしているが、まずはそれを改善するように国から促すのです。そういった勧告をしてもなかなか改善を図らない場合は、故意的、悪質として罰則が適用されます。

少しあまいなぁと思うかもしれませんが、労基法で即時罰則をしてしまうと、日本にあるそのほとんどの企業がしょっぴかれることになってしまいますからね。