「三角食べ」は仕事で実践している

「三角食べ」って知っていますか?

主食→おかず→汁物みたいに、順番に食べていくことです。
ぼくは母からこの食べ方を教えられました。母曰く、バランス良く栄養が摂取できるのだそう。ホントかよ!胃の中に入れば一緒じゃないかと内心では思ってましたが、事実、栄養管理士の見解としては何の根拠もないとのこと。

ということで、食べ方としては意味がないようですが、僕は仕事でこの方法を採用しています。

日々の仕事では様々なタスクがありますよね。ひとつのタスクに集中して取り組み、完了したら次のタスクに取り掛かるという方が多いでしょうか。

ぼくは逆で、どのタスクもまんべんなく進めていくようにしています・・・というカッコいいものでもなく、見境なしにごちゃごちゃに手を付けています。
例えば業務マニュアルを作っていたとして、何かの依頼メールが届けばとりあえずその対応をするし、話しかけられたらそっちの対応に移る。そんな中アイデアが浮かべばそれも進める。ああそうだと思ってマニュアル作成に戻る。こんな繰り返しです。

一見非効率に感じるかもしれませんが、ぼくにとっては結果的に全体を把握することができる安心な進め方なのです。面倒な仕事を後回しにして、いざ手を付けたらその重たさに気付いて肝を冷やすことってあるじゃないですか。三角食べだとこれを防げるわけです。

それに、同僚や上司に話かけたとき「今集中しているから後にして」と言われたことないですか?そういう野暮なことも言わなくて済むのですよ。

 

振り子は揺らしておこう

現状維持ってあるじゃないですか。ぼくはこの言葉が大っ嫌いです。

うまくいっていない現状を維持しようとすることは論外中の論外ですが、うまくいっていたとしても、もっとうまくできないかを貪欲に追い求める。それが仕事ってものじゃないですか。しかし、世の中はうまくいっていないことを頑なに守る人が多すぎる。

ビジネスにおいて、じっとしているだけで現状が良くなることはほとんどありえません。まずリスクを負わないことには何も始まらないのです。
リスク、それはお金なのかもしれない、良くするまでにかかる時間や労力かもしれない、不満の声と戦うことかもしれない。そういった難題をクリアした先に「良くなった」というリターンを得ることができます。

もちろんリスクをとった結果、プラスどころかマイナスになることもあるでしょう。でもそうなったら元に戻せば済むはなし、ただそれだけのことじゃないですか。失敗したという経験が積めてよかったくらいに思いましょ。

振り子は揺らさなければいつまでも静止しています。ちょっと揺らせば、短い周期が発生しますよね、ローリスクローリターンといったところでしょうか。振り幅を限界にして、ハイリスクハイリターンを狙うのもいいかもしれない。ローでもハイでも振り子は揺らしておきさえすればそこに成長はあるのではないでしょうか。

 

振り子は自分で揺らせます。だから揺らしておこうと思った次第です。

 

テレビは退屈なルーティンワークを映している

先週久しぶりに仙台の実家に帰省しました。
普段は朝のニュースしかテレビを見ないのですが、実家では常にテレビをつけっぱなしにする習慣です。ですので、嫌でも目に入ってきたわけです。

ゴールデンの時間の番組を見るのはいつぶりだろう・・と新鮮な気持ちでしたが、すぐにおやおや?と首をかしげることに。

それは以前見たときと代り映えのしない芸能人が同じようなことをしていたからです。こんなに久方ぶりに見たのだから新進気鋭な新人がオリジナリティ溢れる企画をしていてもよかったのですが、そんな発見もなく、ただただテレビ映えだけする人達がルーティンワークをこなしているように、そう僕の目には映りました。

 

よく言いますよね、テレビを見るとバカになるって。本当にそうだなぁと思います。だってそれは際限のない繰り返しだから。そこから得るものなんて皆無に等しいでしょう。

 

受動的にテレビを見るくらいなら、空でも見上げて物思いにふけったほうがよっぽど有意義な時間になるんじゃないですかね。

(テレビ好きに方にはごめんなさい!)

 

鏡の前では人はいい顔をする

さあ、三連休だ。と言いたいところですが、大型で非常に強い台風が日本列島を横断ではなく、縦断するようです。(よし、家でおとなしくしよう)

閑話休題。先日、ちょいとやり残した仕事があって、帰宅途中の喫茶点でやりきる決断をしました。座った席の対面には大きな鏡、自分を見ながら仕事をするのはなにやら嫌だけど他に空いている席もないし、仕方ない。
うーむ、疲れている状態で仕事なんてやるもんじゃないですね、やればやるほど度ツボにはまるわけでイライラは募るばかり。そうやってうなだれてふと目の前を見ると、そこには眉間にしわを寄せたおぞましい顔をした自分が映っていました。「なんて酷い顔だ、いやまてよ、まさかこれが仕事中のいつもの顔か!」と驚愕するに至りました。

普段、お手洗いとかで鏡の前で身なりを整える時はそれなりに「いい顔」をしているんですよね。でもそれはその場限りの顔。表情筋への意識が外れた瞬間、すんごい顔になっていることがあるようです。

そのことがあってから、通勤中とか仕事中などで人がどういう顔をしているのか気になるようになってしまいました。睨みつけるような顔、生気を失った顔、何も考えていないような顔、すみませんが大抵の顔はお世辞にもいい顔とは言えそうにありません。

少数ですが、口角があがって目を見開いて、意気揚々な顔もあるわけです。そんな顔はなんか惹かれるし、みなぎる力が目に見えるようです。やっぱこの顔の方がいいなと単純に感じました。

 

鬼面のような顔は見るのも恐いし、ましてや話しかけることにさえ気が引けますよね

ということで、本当に眉間にしわを寄せなければならないときだけ、その表情しようと、そう思いました。

 

せめて自分のミスだけは繰り返さないようにしよう

民進党山尾志桜里政調会長のダブル不倫が週刊文春に取り上げられていましたね。民進党は前原代表による新体制になったばかり。。ただでさえガタガタなのに、もはや風邪が吹けば倒れる張りぼてになってしまいました。

もう民進党は解党しましょう!そして元民進党議員も離籍させましょう。民進党がなくなっても関わった人たちが他の党にいちゃ意味がない。

 

ところで、不倫報道が多すぎやしませんか?ベッキー山本モナ、宮崎健介、今井絵里子、橋本健とか・・・枚挙にいとまがありませんとはこのことです。

報道するほうも報道するほうだけど、それは視聴率がとれるからでしょう。結局、人はこういうドロドロした汚いところが大好きなんですよね。(北朝鮮からの脅威が迫っているというのに不倫報道の方が重要なの?)

でも不思議じゃないですか?不倫なんて人の道理に反した行為じゃないですか。それが大々的にスクープとして報道されている。しかしながらその行為は一向に減る様子がありません。しかも有名人とか公人がじゃんじゃんやっちゃうんだからまた酷い。

つまるところ、だれも反面教師にはしていないということでしょう。遠くで起きていること(自分ならバレない)、それくらいに感じている人が大半なわけです。だからこそ同じことが繰り返される。

要するに、人は自分自身が痛い目に合わないと反省しないし、理解もしない。それが人間の性なのです。

 

だからさ、せめて自分が犯したミスだけは繰り返さないようにしましょう。

 

紙全廃を目指してみる

みなさんの会社には社内便ってありますか?

ぼくの会社にはどうやら専門部隊がいるようで、各事業所から届いた封筒をせっせと仕分して各部署に届けてくれています。失礼ながら、わざわざそんなことをやる部署がいまだに必要なのかと疑ってしまいました。

これだけIT化が進んでもまだ「紙」はしぶとく存在しているようです。例えば健康保険なんかは扶養がいると提出する紙の量がすごく増えます。国なのか、組合なのかよくわからないけど、電子化は考えないのでしょうか。何のためのマイナンバーなのか。(最近マイナンバーという単語をあまり聞かなくなったのですが、まさか既に死語?)

領収書も紙でなくてはいけないのでしょうか。うちの会社では経費はネットで精算します。その時に領収書PDFを添付しますが、領収書の紙自体も財務部門に送ることになっているのです。なかなか経費が振り込まれないなぁと思っていたら、財務から早く領収書の原本を送れと怒られてしまいました。

なにやら納得できないけど致し方ない。「紙」でなければならない書類は目をつぶるしかなさそうです。

でもさ、紙である以上そこからの発展性って乏しくないですか?OCRやAIの文字読み取り機能はあるけれど、まだまだ精度が気になります。そもそも前提として文字データであればいいじゃないですか。紙はかさばるし、検索が大変なんだよ。紙を見ながら何かを入力するなんてバカらしくてしょうがない。

もう、嫌気がさしてきたので、紙でなければならない書類以外は、全てデータとすることに勝手に決めました。

 

 そうじゃないとさ、スマートにならないのだよ。

 

 

「実務できます」というライバルは多い

うちの会社でもとうとうRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を本格的に導入する流れとなってきました。RPAとは要するに作業の自動化です。PC内にインストールしたロボットが人間の代わりに定義した実務をやってくれる。人間は実行ボタンを押すだけ、そんな時代になってきました。

ということで、特に事務職にとっては大問題なわけです。それはロボットというライバルがいきなり登場したのですから。しかも自分よりも早く、正確に作業してしまうのだからやっかい。ぼくの部署でのテスト検証では5時間かかっていた仕事が30分もかからずできるようになってしまいました。

ただでさえ「実務ができます」にはライバルが多いじゃないですか。給与計算だって、社会保険の手続きだって、経理の仕分だって、専門分野のような言われ方をされますが、覚えればできるのです。そう、覚えれば。

ということで覚えることが得意なロボットが投じられることになります。

ところでみなさんは、そんなライバルが多い土俵で戦いたいですか?ぼくは嫌ですね。だって自分よりできる人なんてわんさかいるし、そこにロボットまで参入されたら、たまったものではありません。

 

だからね、「ロボットができないことをやろう」という視点がこれからの鍵になるのではないでしょうか。それが会社で生き残れる術といっても過言ではないかもしれません。(特に事務職にとってはね)

 

それは何かというと「考えなければならない仕事」です。ロボットは決められた作業ならばお茶の子さいさいですが、提案とか、改善活動、ルール・運用作りはさすがにできません。

こういった仕事は人間でもやれる人と、そうでない人に分かれてきます。それはマニュアルやフロー図が作れるのは当たり前、関係者を巻き込んで調整役なんかもできないといけないからです。けっこう面倒なんですよね、だからこの土俵に上がろうとする人も少ないのでしょう。

しかし、これができないと近い将来ロボットに仕事を奪われることになります。奪われてから自分にできることを見つけるのではもう遅いのだよ…。

 

だからね、ロボットにできない仕事、今のうちに見つけておきましょ。