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「働き方改革」をするために残業する。(なにそれ?)

世の中「働き方改革」ブームですね。というか、待ったなしといった状態でしょうか。
(やるのはいいけど、その言葉だけがひとり歩きしないように、そう願いたいものです)

 

大手システム会社の人事で働いている友達(以下M)がいます。その友達から聞いた話です。

その会社も世の中の風潮にならって働き方改革を検討しているそうです。改革といっても、もちろんその改革を誰かが考えなければなりません。ですので、人事部では様々な会議が開かれているそうです。検討をするにも過去や現状の把握が必要ですよね、だからMは様々な依頼を受けます。1年分の労働時間を集計してとか、どこどこの部署の残業時間を算出してとか。

まぁ、ここまでは仕方あるまい。でもそういった依頼の期限はたいてい短いようです。これだけメディアにも取り上げられていますからね、上としても早く知りたいのでしょう。そうやって、残業してまでデータを作成することもしばしばだそう。

 

それを聞いてMには申し訳ないのですが、笑っちゃいましたよ。働き方改革のために残業するって、なにその自虐プレイ(笑い)Mの上司はどう思っているのでしょう。

 

そもそもですよ、「世の中が騒いでいるから、うちも」みたいなこと自体おかしくないですか?そうやって管理側を焦らせて無駄な工数を発生させるって。

さらに「長時間=悪い」って決めつけちゃっていいんですか? 短時間にして会社の売上が落ちて潰れたら元も子もないじゃないですか。

Mも言っていましたよ、まずは従業員一人ひとりとしっかり話すべきではないかと。残業代がないと生活が成り立たないからあえて残業をしている。もっと働きたいのに帰れと言われる。短時間だけど上司からのパワハラがひどい。

それぞれいろんなことを思って、考えて、働いているのですよ。

 

だからね、働き方改革ではなくて「上司のマネジメント改革をしろ」とぼくは声を大にして言いたいのです。

上司はもっと部下のことを見なくちゃダメですよ。だってそれが仕事でしょ?
それがしっかりできていれば働き方改革なんて必要ないのだよ。

 

中途半端な時期には意味がある

市区町村から住民税の通知書が届き始めました。
いよいよ、6月からは新しい住民税の納付が開始となります。そう、住民税は6月から翌年の5月がひとつの期となっているのです。

 

みんな思うんですよ、「なんて中途半端な時期に・・」とね。

1月でもない、4月でもない、なぜ6月がスタートなのか?

 

それにはもちろん理由があります。

 

会社員の場合、12月末くらいにその年の年収や所得がわかる源泉徴収票を受け取りますよね。この源泉徴収票を作成する場合、たいてい給与支払報告書も一緒に作成します。その内容はまったく一緒です。題名が源泉徴収票か、給与支払報告書かの違いくらいです。

給与支払報告書は翌年の1月31日までに会社から市区町村へ送付します。市区町村はその給与支払報告書(要は昨年1月~12月の所得)を基に住民税を算出するわけなんですね。

さらに、2月からは確定申告が始まります。会社員は会社が年末調整をやってくれますが、個人経営者はそうはいきません。自分で3月中旬までに申告を済ませなければならないのです。

 

そんなこんなで、市区町村に住民税を決める情報が届くまで、さらに時間がかかるわけです。そりゃもうすごい数ですからね、一人ひとりの住民税算出は大変でしょう。

 

まぁ、6月になってしまうのは事務処理上の都合なんですね。税金は血税なんて言い方もしますが、それを算出するにも血と汗が流れてるんですよ。

 

 

覚えておいて(たぶん)損はない、和暦と西暦の変換方法

ぼくは事務仕事をしているので様々な書類を目にします。会社に提出する誓約書とか、健康保険、年金の書類とか。その書類に記入する生年月日は西暦だったり和暦だったり、書類によっていろいろなわけです。
(※世界基準の西暦で統一してしまえばいいのにと考えていますが、役所がいまだに和暦主義なんですよね・・)

そういった書類をながめてデータを作ることもありますが、西暦と和暦をわざわざ変換してあげなければならないこともあります。エクセルの計算式に任せたり、早見表を確認する手もありますが、それを利用しなくてもすごく簡単に変換できる方法があります。

 

それはたったこれだけ。

昭和 + 25 = 西暦

平成 - 12 = 西暦

ぼくは昭和56年生まれなので、西暦でいうと25を足した1981年となります。
今この瞬間に生まれた人は平成29年から12を引いた2017年となります。

どうです?簡単ですよね。

 

ちなみに平成が奇数だと、12を引くので西暦も奇数になります。その逆もしかりで平成が偶数だと西暦も偶数です。だから2017年は、平成28年だっけ?29年だっけ?と悩んだら奇数の29年になるわけですね。

 

※※大正や明治も簡単に変換できますが、あまり使うことがないので割愛します(笑い)

 

せっかくなので、動詞には目立ってもらおう

「・・・をお願い致します」

「本日は休ませて頂きます」

「・・・を対応して下さい」

よくみる仕事のメールですね。何の変哲もない文章ですが、ぼくは少し気になってしまうのです。

 

それは、漢字にしなくていい言葉を漢字にしているから。 

この場合の致します、頂きます、下さいというのは前の動詞を丁寧にするための補助動詞ですよね。(お願いする、休む、対応するが動詞です)

このように動詞の補助をする言葉はひらがなにした方がいいのです。それはその動詞本来の意味がうすれるためといわれています。

もちろん動詞そのものになるのであれば漢字にします。
不徳の致すところ、お土産を頂く、お金を下さい、みたいに。

 

だから

「・・・をお願いいたします」

「本日は休ませていただきます」

「・・・を対応してください」

と、なります。

くだけたように、そして少し幼い文章にみえちゃいますかね。ビジネスっぽさがないとか。

そうですかね?僕はこっちの方がやわらかい印象を受けるし、前の動詞をより際立たせてくれているようにも感じます。

 

文章の中で動詞はやっぱり重要じゃないですか。動詞が無かったら文章なんて成り立たなくなりますから。だからせっかくなので、動詞にはもっと目立ってもらいましょうよ。

 

まだ間に合う!5月の残業は控えよう

社会保険って本当に高いですよね。給与明細をみるとその控除額には驚愕してしまいます。(年金は自分でためておく、健康保険は10割で払うほうが最終的には得をするような気がします。。)

まぁ法律なのでそんなこを言ってもしょうがありません。だからこそ、余計に保険料を払うようなことだけはしたくないですよね。

会社員の保険料は標準報酬月額(固定給や手当、通勤費など)を基にして等級に当てはめます。健康保険であれば50等級、厚生年金は30等級あります。こうやって個人個人の給与額をこの等級の枠組みに入れてしまうわけです。

※給与の金額は人それぞれ千差万別ですよね。本来であればその人ごとの保険料にしてあげたいところですが、そんなことをすると事務側の手間がはんぱないことになるので、ある程度の範囲を設けてしまうことで事務作業を円滑にしているのです。

じゃあ、この等級はいつきまるのか?
それは4月、5月、6月に支払われた給与額の平均を算出することにより決定し9月より改定します。これを定時決定と言います。
入社時においては固定給や手当、通勤費などにより算出しますが、定時決定ではなんと残業代も含まれてしまうのです。ですので、たまたま4月あたりが繁忙期となり残業代がふくらむと、9月からは保険料が大幅に上がっているなんてことはよくあることなのです。

一度改定されると基本的には来年の8月までは同じ保険料を払い続けることになります。※月変(随時改定)といって、途中で改定する仕組みはありますが、固定的な賃金が変わらない限り、ましては2等級以上変動しないと改定できない少し無慈悲なルールとなっているのです。

 

だから、まだ間に合う!自分でも計算することはできるので、不用意に保険料を高くしないように残業は抑えておきましょう。

 

michimichi3232流のゆるいランニング

運動はしなければならない。

 

そんなことはわかっているよ!でも、わかっていても重たい腰を上げられないのが人間というものなのでしょうか。

運動による効果はみなさんもご存じですよね。その効果の中でも、ぼくがとくに重要だと感じる効果は「海馬の萎縮を防げる」ことです。

海馬、それは脳の中にあるタツノオトシゴのような器官であり、短期的な記憶の保存場所です。(ちなみに長期記憶は側頭葉という場所で保管されます)

脳が衰えると、この海馬が萎縮(いしゅく)してしまいます。まぁ歳をとればとるほど細胞は死滅していくものですから海馬も一緒なわけです。海馬が萎縮すると記憶障害や認知症を発症する可能性が高まります。認知症の方が昔の記憶は鮮明に覚えているのに、最近の記憶がなくなるのは海馬の萎縮によるものなのでしょうね。

では、海馬の萎縮を運動(有酸素運動)することによりなぜ防げるのか。

有酸素運動は脳に酸素を送り込みます。それが海馬へ刺激を与えるとこになるのです。筋肉に刺激を与えないとただの脂肪になってしまうのと一緒ですね。これは脳科学的にも証明されているようです。

 

ということで、ぼくは週1~2回はランニングをしています。
別に走ることが好きというわけではありません。だから継続できるランニングを新卒の頃から試行錯誤してきました。

それがこれです。

 

◆ジムには通わない
⇒お金をかけることがプレシャーになる。

◆ランニングは週1回~2回。それ以上は増やさない
⇒回数を増やすことでそれを維持しようとしてしまうので。

 ◆夜に走る
⇒朝や日中に走るとその後シャワーを浴びなければならず面倒になる。

 ◆同じコースを走る(軽く汗をかく程度の距離)
⇒距離を伸ばしてみよう、違う場所にしてみよう、タイムを計ってみようとか余計なことは考えない。

 ◆ジョギング後のご褒美を用意しておく
ぼくならビール(発泡酒第三のビールではない)

 

こんなところですかね。ゆる~い感じでやるのが長続きするコツだと思っています。

 

コントローラーがないと人は動かない

職場の中で「役割」として指揮・指示を出す方はいますか?

 

先週、社内システムに関する打合せがあり他部署にお邪魔しました。
手違いにより会議室が取れていないなかったため、致し方なくその部署の片隅ですることにしました。

周りはシーンと静まり返り、みんな黙々と仕事をしています。それはそれでいいのですが、数時間経ってもぼくとその担当だけの声が響いていました。そこはあまりにも会話のない職場だったのです。

 

どうにも気になったので、会議の合間に聞いてみました。

ぼく「いつもこんなに静かなんですか?」

担当「そうですね、あれやれ・これやれという人も特にいないので。だからみんな自分の仕事だけ黙々とやっているんだよ」

ぼく「上司からは何も言われないということですか?」

担当「部長も課長も外出が多くて、いつもいないんだ」

ぼく「帰ってはくるんですよね?」

担当「ほとんど直帰だよ」

 

それを聞いて若干の違和感を感じましたね。そんなんでチームとしての統制はとれるのであろうかと。

 

オーケストラは指揮者がタクトを振ります。サッカーはMFが司令塔を担う。それにどのスポーツも監督が近くで傍観し、時に介入してきますよね。
要はそういった指示とか指揮がないと個々の行動がバラバラになるからでしょう。

・・・だって人間だもの。

だから指揮官が無関心でいると、みんなの向いている方向はそれぞれになってしまう。目標なんかも忘れて、自分たちのペースで無難に一日を終えようとする。

せっかく巡り合ったチームなのに、どうにもつまらなくないですか。

 

職場で指揮をするのが、リーダーなのか、課長なのか、部長なのかは会社によってそれぞれでしょう。しかし、いったんその役割を担った以上はコントローラーを手放すようなことだけは絶対にしてはいけないと思います。