苦手な人は苦手のままで

仕事は多くの人との関わりです。同僚、上司、他部署だけど絡みのある人、クライアントなどなど。その中ではどうしても苦手な人っていますよね。

 

例えばぼくが苦手とするタイプは、

・妙にプライドが高い
・なにやら話しかけづらい
・いつもノリが悪い

 

抽象的ですが、うんうんわかる。という方も多いことでしょう。
こういう人にはぼくから積極的に話すことはありません。仕事上どうしてもコミュニケーションが必要な場合はメールにします。声をかけるのは最終手段ですね。

好き嫌いがはっきりしていることはビジネスでは稚拙と呼べるかもしれませんが、それでもいいやと思っています。なぜかというと、苦手な人と仕事をしても何も起きないからです。いや、経験上いい仕事につながったことがない。にしておきましょう。

大人だからこそ好き嫌いをハッキリさせていいじゃないですか。苦手な人にかまっていたら時間も労力も無駄になるかもしれないのですよ。

効果を生むためには割り切る選択もありだと思います。

 

他人の評価は常にあっている

人の評価はやっぱり気になりますよね。自分の行動や能力、はたまた性格は他人からみて良いのか、悪いのか。

仕事でいえば人事考課があります。上司との面談で、会社のために自分はこれだけ頑張りました!とアピールしたところで、上司の評価はそこまで高くないのがオチでしょう。翻っては思ってもみないところを指摘され、上司と自己評価に乖離を感じることもしばしばです。

 

しかしながら、不満はあるにせよ、冷静に思い返すと自分かわいさから自己評価を高くしたことも否めません。自分は1から10まで頑張った過程を知っているから自己評価が高いのは自明の理です。だからこそ、客観的な他人の評価の方が自己評価よりもよっぽど信ぴょう性が高いといえるのです。それは上司に限った話でなく、家族や友人、同僚からの評価も同様でしょう。

 

たとえ納得がいかなかったとしても、まずは受け入れてみるとが大事じゃないですかね。だってさ、はね返してばかりいたら自己評価だけの人間になってしまうから。

 

大雨だけど選挙にいこう

非常に強い台風21号の影響で日本列島はひどい雨に見舞われています。ちょっと外を歩いただけで不快な靴と靴下となってしまいました。ということで先ほど投票を済ませ、今は図書館で乾かしています・・

こんな天候だと外に出るもの億劫ですよね、しかし、雨だから投票をしなくていい法律はありません。まだの方は頑張っていきましょう。

 

今回は衆議院選挙です。安倍首相こと、内閣総理大臣衆議院解散を表明したことによるまぁオーソドックスな選挙と言えるでしょうか。

なんでわざわざ解散をしたかって?それは安倍さんからすれば国民の民意を問うことができるからです。一時支持率が低迷したものの、この選挙で多くの議席を獲得できれば、それは「国民のお墨付きを得た」と言えるわけですね。

これは個人的な見解ですが、やっぱり消去法で自民優勢かなと。現に景気は一応上向きですし、北朝鮮からの脅威に対抗するには改憲はかかせないでしょう。

それに野党にはアベノミクスに対抗できる具体的な政策がないように感じます。というよりも脆弱さの方が目立つ始末です。注目されていた新党である希望の党は空中分解した民主党議員を多く入れたことで内部でも亀裂が生じている上、小池さんの二足のわらじにも批判が出ています。立憲民主党ツイッターの不正なフォロワー購入の疑惑が浮上し最初からおぼつかない状態。共産党なんて酷いもんですよ。NHKで報道したPRでは「安倍首相を倒す」の一点張り。倒した後にいったい何をしたいのでしょうか。

そもそも民主党時代の悪夢の政権がぼくの中でいまだに払拭できていません。あのようなことにだけはならないように、そう強く思うばかりです。

 

とにかく、投票をしないことには批判も意見もできません。さあ、みなさんも外に出てずぶ濡れになりましょう。

(つーかさ、ネット投票にできないのかな)

 

「三角食べ」は仕事で実践している

「三角食べ」って知っていますか?

主食→おかず→汁物みたいに、順番に食べていくことです。
ぼくは母からこの食べ方を教えられました。母曰く、バランス良く栄養が摂取できるのだそう。ホントかよ!胃の中に入れば一緒じゃないかと内心では思ってましたが、事実、栄養管理士の見解としては何の根拠もないとのこと。

ということで、食べ方としては意味がないようですが、僕は仕事でこの方法を採用しています。

日々の仕事では様々なタスクがありますよね。ひとつのタスクに集中して取り組み、完了したら次のタスクに取り掛かるという方が多いでしょうか。

ぼくは逆で、どのタスクもまんべんなく進めていくようにしています・・・というカッコいいものでもなく、見境なしにごちゃごちゃに手を付けています。
例えば業務マニュアルを作っていたとして、何かの依頼メールが届けばとりあえずその対応をするし、話しかけられたらそっちの対応に移る。そんな中アイデアが浮かべばそれも進める。ああそうだと思ってマニュアル作成に戻る。こんな繰り返しです。

一見非効率に感じるかもしれませんが、ぼくにとっては結果的に全体を把握することができる安心な進め方なのです。面倒な仕事を後回しにして、いざ手を付けたらその重たさに気付いて肝を冷やすことってあるじゃないですか。三角食べだとこれを防げるわけです。

それに、同僚や上司に話かけたとき「今集中しているから後にして」と言われたことないですか?そういう野暮なことも言わなくて済むのですよ。

 

振り子は揺らしておこう

現状維持ってあるじゃないですか。ぼくはこの言葉が大っ嫌いです。

うまくいっていない現状を維持しようとすることは論外中の論外ですが、うまくいっていたとしても、もっとうまくできないかを貪欲に追い求める。それが仕事ってものじゃないですか。しかし、世の中はうまくいっていないことを頑なに守る人が多すぎる。

ビジネスにおいて、じっとしているだけで現状が良くなることはほとんどありえません。まずリスクを負わないことには何も始まらないのです。
リスク、それはお金なのかもしれない、良くするまでにかかる時間や労力かもしれない、不満の声と戦うことかもしれない。そういった難題をクリアした先に「良くなった」というリターンを得ることができます。

もちろんリスクをとった結果、プラスどころかマイナスになることもあるでしょう。でもそうなったら元に戻せば済むはなし、ただそれだけのことじゃないですか。失敗したという経験が積めてよかったくらいに思いましょ。

振り子は揺らさなければいつまでも静止しています。ちょっと揺らせば、短い周期が発生しますよね、ローリスクローリターンといったところでしょうか。振り幅を限界にして、ハイリスクハイリターンを狙うのもいいかもしれない。ローでもハイでも振り子は揺らしておきさえすればそこに成長はあるのではないでしょうか。

 

振り子は自分で揺らせます。だから揺らしておこうと思った次第です。

 

テレビは退屈なルーティンワークを映している

先週久しぶりに仙台の実家に帰省しました。
普段は朝のニュースしかテレビを見ないのですが、実家では常にテレビをつけっぱなしにする習慣です。ですので、嫌でも目に入ってきたわけです。

ゴールデンの時間の番組を見るのはいつぶりだろう・・と新鮮な気持ちでしたが、すぐにおやおや?と首をかしげることに。

それは以前見たときと代り映えのしない芸能人が同じようなことをしていたからです。こんなに久方ぶりに見たのだから新進気鋭な新人がオリジナリティ溢れる企画をしていてもよかったのですが、そんな発見もなく、ただただテレビ映えだけする人達がルーティンワークをこなしているように、そう僕の目には映りました。

 

よく言いますよね、テレビを見るとバカになるって。本当にそうだなぁと思います。だってそれは際限のない繰り返しだから。そこから得るものなんて皆無に等しいでしょう。

 

受動的にテレビを見るくらいなら、空でも見上げて物思いにふけったほうがよっぽど有意義な時間になるんじゃないですかね。

(テレビ好きに方にはごめんなさい!)

 

鏡の前では人はいい顔をする

さあ、三連休だ。と言いたいところですが、大型で非常に強い台風が日本列島を横断ではなく、縦断するようです。(よし、家でおとなしくしよう)

閑話休題。先日、ちょいとやり残した仕事があって、帰宅途中の喫茶点でやりきる決断をしました。座った席の対面には大きな鏡、自分を見ながら仕事をするのはなにやら嫌だけど他に空いている席もないし、仕方ない。
うーむ、疲れている状態で仕事なんてやるもんじゃないですね、やればやるほど度ツボにはまるわけでイライラは募るばかり。そうやってうなだれてふと目の前を見ると、そこには眉間にしわを寄せたおぞましい顔をした自分が映っていました。「なんて酷い顔だ、いやまてよ、まさかこれが仕事中のいつもの顔か!」と驚愕するに至りました。

普段、お手洗いとかで鏡の前で身なりを整える時はそれなりに「いい顔」をしているんですよね。でもそれはその場限りの顔。表情筋への意識が外れた瞬間、すんごい顔になっていることがあるようです。

そのことがあってから、通勤中とか仕事中などで人がどういう顔をしているのか気になるようになってしまいました。睨みつけるような顔、生気を失った顔、何も考えていないような顔、すみませんが大抵の顔はお世辞にもいい顔とは言えそうにありません。

少数ですが、口角があがって目を見開いて、意気揚々な顔もあるわけです。そんな顔はなんか惹かれるし、みなぎる力が目に見えるようです。やっぱこの顔の方がいいなと単純に感じました。

 

鬼面のような顔は見るのも恐いし、ましてや話しかけることにさえ気が引けますよね

ということで、本当に眉間にしわを寄せなければならないときだけ、その表情しようと、そう思いました。